筑波大学
田中文英研究室

JA

2021-ono

検出閾値以下におい提示ヒューマンロボットインタラクションに用いるにおい提示装置の改良

1.背景と目的

我々人間は嗅覚から様々な情報を得ている。現在では言葉や表情,身体動作など人間の五感のうち,視覚,聴覚,触覚に働きかけるロボットの研究は活発に行われているが,においを用いて人の嗅覚に働きかけるロボットの研究はほとんどされていない。また,既存研究により,検出閾値以下の濃度の快臭を提示した条件下で,不快臭を提示した条件に比べて無表情の顔の好感度が高く評価され,この効果が検知可能なにおいの効果よりも大きいことが確認されている。これにより,検出閾値以下のにおい提示が人間とロボットコミュニケーショに良い印象を与える可能性があるという仮説のもと,ヒューマンロボットインタラクションを行う際に提示するにおいの検出閾値を調査した研究がなされたが,この検出閾値調査に用いられたにおい提示装置にはいくつかの改善点が考えられた。

本プロジェクトでは,先行研究をもとににおい提示装置の仕組みや嗅覚提示実験の手法を学び,におい提示装置の問題点を改善することを目的とする。

2.手法

先行研究のにおい提示装置を再現し,実際に作動させて問題点を把握する。装置の改良後,研究室メンバーの協力のもと装置の動作確認を行う。

3.装置開発

3.1 装置概要と問題点

装置は,図1に示すようにファン,ポンプ,コットン,OPP袋,チューブから構成されており,におい物質を染み込ませたコットンをOPP袋に入れ,ポンプで袋の中の空気を吸い上げ,チューブを介してファンからにおいを吹き出すようになっている。

におい物質にはバナナのにおいを有するイソアミルアセテートを用いる。

図1 におい提示装置概要

再現した装置を実際に作動させて得られた課題点から本プロジェクトでは以下の2点に注目して改善に取り組んだ。

・袋の密閉が不十分でにおいが漏れてしまう恐れがある

・ファンからの風が局所的で顔の一部を狙って送られてくる印象を受ける

1つ目の問題は検出閾値の決定に影響を及ぼし,2つ目のものは被験者の風への意識が強まってインタラクションへの集中も妨げられると考えた。

3.2 袋の密閉性の向上

これまでの袋は図2左側のようにOPP袋をテープで補強しており,テープで補強している箇所から空気が漏れていた。より強い密閉を実現するためにヒートシーラーを用いた密閉を考えた。ヒートシーラーにより加工した部分は図2右側のようになり,この部分からの空気の漏れは確認されなかった。

図2 テープによる袋加工(左)とヒートシーラーによる加工(右)

3.2 送風方法の検討

これまでの装置では局部冷却に向いているブロアファンを使用しており,風向の微調整が容易な一方で,顔に向かって風が向かってくるように感じられた。顔の一部に送風を受けることで風に意識が集中すると,インタラクションへの注意が妨げられると考え,広範囲に風を送ることで風への意識を軽減することを目指した。今回,広範囲な送風をする為に幅広く均一な送風が可能なクロスフローファンを導入した。クロスフローファンは,サイズが大きく,ブロアファンのようにロボットへの装備が困難であるため,今回は図3のようにロボットの後方に設置してにおいを提示することにした。

図3 クロスフローファン導入後のにおい提示イメージ

図4のType1は,ファンとにおいを送り出すチューブを繋げるような部品を取り付けただけのものである。このType1を用いて先行研究において数人に十分検知できる濃度のにおい提示を行ったところ,あまりにおいを感じられなかったようであった。これはファンの風力が大きく,吹き出し口が大きいことから,広くにおいが拡散している可能性が考えられた。

次に,拡散を軽減するためにType2では空気の吸い込み量を制限する部品を取り付けた。Type2では拡散は抑制できたものの,大幅に風力が減少したため,装置に近づくことでようやくにおいを感じ取れた。

また,Type3では,Type2の部品を作り替え,穴の数で吸い込み量を調整できるようにし,装置との距離に応じて吸い込み量を変化させることを検討した。しかし,吸い込み用の穴が小さく,吸い込み量を最大にした時も風力がType2とあまり変わらず,Type2,Type3では有効なにおい提示が難しいと考え,最終的にType1でにおいの提示を行うことにした。

図4 検討したプロトタイプ(Type1~3)

4. 実験

今回改良したType1を用いて閾値実験を行うことを見通し,閾値実験の基準とするため,はっきりにおいを感じることのできる濃度を調査するための簡易実験を行なった。

実験では24.4 mg/L , 48.8 mg/L , 97.7 mg/L, 195 mg/Lの4つの濃度を低い方から提示し,提示したにおいの感じ方を ①全く感じない ②やや感じる ③感じる の3段階で被験者に評価してもらった。

提示の間は1分間装置を空回しし,被験者は離れた位置で待機することで嗅覚の順応を防いだ。

5. 結果と考察

実験の結果,被験者が「やや感じた」,「感じた」と評価した濃度について表1にまとめた。

研究室のメンバー6人に協力してもらい,2人が48.8 mg/L,2人が97.7 mg/Lではっきりにおいを感じることができた。しかし,今回の条件で参加者全員がにおいを感じるためにはもう少し高濃度のものまで用意する必要があった。

表1 実験結果

今回の結果を踏まえて先行研究と比較すると,今回の実験条件で検出閾値を調査するときには,先行研究に用いられたものの10倍程度のスケールを想定して準備する必要があると考えられる。

また,今回風への意識を軽減させるため,送風の幅に注目したが,風力が強いと感じられた被験者が多かったため,風の幅だけでなく,風の強さも適切に設定しなければ風への意識は弱まらないと考えられる。

6. まとめと感想

本プロジェクトでは,先行研究の改善点を踏まえ,袋の密閉性を向上させ,幅広い送風が可能になったにおい提示装置で,多くの人がバナナのにおいを感じる濃度を調べた。今後は風力や風を送る方向など,送風方法を再検討して,より自然なにおい提示のもとインタラクションを行えるようにしたい。

研究室に配属されてからの2ヶ月で,テーマの決定や実験,成果発表を通じて多くのことを学ぶことができた。この経験を活かして今後より良い研究花できるように頑張りたい。