教示者の表情によって学習速度が変化する被教示型エージェントの開発
1. 背景と目的
教育支援ロボットの研究において、子供がロボットに教示行動を行うことでlearning by teachingを引き起こし、 子供の学習効率を上げる被教示型のロボットが提案されている。このロボットの有効性は子供の英単語学習において示されており、 ロボットが人に教える従来の教育支援ロボットよりも倫理的に受け入れられやすいという利点がある。 先行研究では教えがいのあるロボットの方がより子供達の自信や成績向上に効果的である可能性が報告されている。
人同士の教示行動に着目すると、被教示者の学習意欲は教示者の表情や話し方といった非言語情報の影響を受ける。 このことから、ロボットの学習速度をユーザーの非言語情報によって変化させることで、ユーザーの感じる教えがいを高め、より高い学習効果を与えることができるのではないかという仮説を立てた。
本研究では先行研究で効果が示されている「英単語学習」を題材とし、 教示者の表情によって学習速度が変化する被教示型エージェントを開発する。 その後、開発したエージェントが教示者に与える印象を調査する。
2. 手法
教示者の顔がカメラに対して正面を向いていない場合、正確な感情推定が行えない可能性がある。 そのためパソコン上でエージェントが教示者に英単語の教示を促し、教示者の視線を画面へと向けさせる。
2.1 感情推定
表情の取得にMacBook Pro内臓のwebカメラを用い、感情推定にはMicrosoft社のFaceAPIを用いた。 FaceAPIで推定できる8つの感情の内、幸福・驚きをポジティブな感情、 怒り・悲しみ・軽蔑・嫌悪・恐怖をネガティブな感情、中立を普通の感情と分類して使用した。
2.2 学習速度調節機能
学習速度調節機能のため、記憶率を “教示してから時間t が経過した後の正答率” と定義し、以下の式で表した。
図1左のグラフはユーザーがエージェントに教示した時の記憶率αを表しており、図1右のグラフのt=0での記憶率である。教示回数の増加とともに記憶率M(0,t)が高くなるように実装した。 図1右のグラフはα=100の時のエージェントの記憶率の時間変化を表している。時間tの経過とともに記憶率が下がっていくように実装した。 βとγは教示者がポジティブな表情の時にエージェントの学習速度が速くなるように調節した。
以下の手順で実験を行った。
1. 参加者に実験の流れと注意事項を説明
2. 3種類の表情条件(笑顔・不機嫌・指定なし)で参加者がエージェントに教示
3. アンケート(5段階評価)
実験参加者は成人3名(男性3名)で行った。
《自由記述》
〈条件:笑顔〉
・楽しかった
・エージェントが間違えるても”しょうがない”、正解すると”よくできた”という気持ちになった
〈条件:不機嫌〉
・教えがいが減った
・はやく終わってほしいと思った
・エージェントが間違えると若干イライラした
・表情を作りづらい
〈全体〉
・同じ単語を何回も間違えると少しイライラした → これは人に対するものと似ていた
・全体的に動作が機械的
・正誤判定の時のエージェントの反応が1パターンで、教えがいや楽しさに影響するかもしれない
・表情の維持がしんどかった
・顔を作ると気がそれて人間的でない反応が気にならなくなった
・エージェントの上達がわかりにくかった
以上の結果から次のことが言える
・目的であった教えがいを高めることはできなかった
→原因として①エージェントの対話パターンが少ないこと
②教示行動が作業的になってしまったこと
③エージェントの上達がわかりにくいことが考えられる
・笑顔での教示は楽しくなる
→エージェントの覚えが速いこと、末梢起源説(”笑うから楽しい”)の影響が考えられる
・不機嫌での教示はさらに不機嫌になる
→エージェントの覚えが遅いこと、末梢起源説(”不機嫌な顔だからつまらない”)の影響が考えられる
→不機嫌で教えるとエージェントが早く学習するパターンも試すと原因がわかるかもしれない
本プロジェクトでは、教示者の表情によって学習速度が変化する被教示型エージェントの開発とその評価を行った。その結果、教えがいを高めるという目的は達成できなかったが、教えがいを高めるにはエージェントの会話パターンの追加や、エージェントの上達具合を示す必要がある可能性が示唆された。今後は、エージェントの学習速度を変化させるパラメータとして表情以外の要素を追加し、研究を進めていく。